あなたの、鳥皮をしつこく咀嚼する音が、
ついさっきまで机の下で這いつくばって無表情のまま
私に愛撫していたことを生々しく思い出させて、
私は箸さえ持てず、瓶ビールを傾け、
グラスの縁ぎりぎりまで泡がくるように注いだ。
きっとあなたはこれを持ち上げてこぼす。
そしたら少しは笑うだろうか。
蛍光灯が暗いので、
冷めきった焼き鳥も昔から置いてある置物のように見える。
旅館の台所を覗き見て、ここは駄目だと言ったあなたは、
駅前まで1人歩いて行った。
その間に私は、あなたの弟に電話して、迎えにきてもらうように頼んだ。
私が過去から引きずる後悔を、あなたに味わってもらいたくなくて。
あなたは、犬に追いかけられて、公園に暫く身を潜めてから来たと、
冷めた、一本六十円の焼き鳥を、三十本持って帰ってきた。
走って追ってくる犬の性器が、
見た事もないくらいにおっ立ててさ、
と、男はビールを冷蔵庫に入れながら喋った。
魚肉ソーセージ位はあったんだよ。
それから男は、昔の女とソーセージを使って遊んだという話をし、
その話で自分が興奮したのか、
焼き鳥を並べ終わって机の前で正座していた私の足を開かせ、
顔を突っ込んだ。
仲居が襖を開けても、あなたはそのまま。
仲居が持ち込みは禁止ですと言ってはじめて、
あなたは机の下からずるずると這い出て、
かなり若い仲居の前で濡れた口を拭い、
客商売とはどういうものかを
浴衣の前をはだけたまま喋り、
うつむく仲居に、失せろと結んだ。
誰もが俺の邪魔をする、と、
静かに憤慨するあなたは、
まだ冷えていないであろうビールを取り出し、
栓抜きで栓を抜き、
私はそれをお酌した。
テレビからは、老婆の孤独死のニュースが流れている。
男は振り向き、音量を下げた。
向こうを向いた男の顔が、窓にうつっている。
青緑に色づくその顔を針でつつけば、
喪失感がこぼれ落ちそうな程、
こわばった顔だった。
そして二十分。
焼き鳥は残り五本。
襖が音もなく開いた。
仲居のそれよりもいくぶん速く。
あなたは顔をあげる。
そこにはあなたの弟が、顔を真っ赤にして立っている。
あなたは私を見る。
お前も邪魔するのか、と、呟いて、
ビールグラスを私に投げた。
同時に、弟は、歩調も大きく畳を踏み込み、
兄を上から蹴りつけた。
机の上の焼き鳥は残り二本。
畳にべったりとタレがついて濃い血のようだった。
兄を殴っている弟の姿を、
止めるでもなく眺める、
襖の向こうにいる女は、
弟の代わりに運転してきたのであろう、弟の嫁である。
彼女は法事の席で、私と一度も目を合わさなかった。
私と弟が関係を持っていたことを、多分知っていたのだろう。
でも私はまだ男と結婚もしていない。
どう振る舞おうが自由なはずで、咎められることでもないと、
思いはするけれどそれを言葉にすると、私の孤独を認めるようで嫌だった。
誰と寝ても、誰といても、夜中、目をさますと、
肌を触れ合っていても世界が全て止まっていて、
それはつまり自分だけが取り残されて、
私以外の人間は止まった世界で幸福に生きているのに、
私だけが無為にうごめいているような、
実らない花がただしおれていくような、
そんな気分になるのだった。
何をしても埋まらない感覚は、
私が父親の葬式にも出れず、
焼き場がある山のふもとで、
父方の親戚の名も知らぬ男に犯されていた時、
夏も終わるというのに蝉がひっきりなしにがなっていて煩くて煩くて、
アスファルトからは湯気がでていて空気は揺れていて、
雑草が肌を引っ掻いて痒くて
顔を押し付けられた地面では片足のコオロギがびっこを引いていて
男の汗は土に滲み
口からは吐息
私の手首は鬱血するほどに握られて
痛みと
悔しさと
そしてどうしようもなく湧き上がる快楽とで
思わず男の手を握り返して、
ついには、男の背に爪を立てて歓喜の声を上げたまま果て、
あの時感じた絶頂と、
破れたストッキングを脱ぎ捨て
裸足で、
焼き場の煙突が見える所まで歩き、
父親だったはずの何かが
煙としていとも簡単に消えていくのを見て
それから
いつのまにか、弟の嫁が弟を必死で止めていた。
弟の手には
食べたのか捨てたのか、
焼き鳥の串だけがあり、
その串であなたを刺そうとしていたのだった。
こんなことになるはずではなかったのに。
ビールをこぼしたあなたは、
こういうの下手なんだよと笑い、
私は零れたビールを優しく拭きながら、そうねと答え、
それから2人で焼き鳥をつまみながらテレビでも見て、
怒らないで欲しいけれど、
タクシー呼ぶよりはお金もかからないしいいだろうから、
弟さんに来てもらっているから、
どうか、最後だけでも、
骨になってしまったら永遠に触れないわけだから、
触ってあげるといいと思うの
私は今でもそうできなかったことを後悔しているから、
私の代わりにでもいいから、そうして欲しいのと、
あなたを愛撫しながら伝えて、
食欲と性欲が満たされ酒が入ったあなたは、
きっと、そうだな、実際、そうかもしれないな、と、
保険のセールスガールに向かって簡単に承諾するように頷いてくれて、
私達は少し多めに仲居にお金を渡して
もう一度通夜に戻るはずだったのに。
今や仲居と番頭まで来ていて
ビール瓶とブラウン管の砕ける音。
窓ガラスにはカナブンが何度もぶつかり
蛍光灯から垂れた紐についた蓄光素材のイルカが子を探す盲目の親の用に暴れ
兄と弟はお互いを殺すと罵り合い弟の嫁は机に腰掛け私を見下ろしていて
私は
目の前の
肌色のストッキングに包まれた太い足をどけ
その下にある焼き鳥を拾い、
正座を崩さぬまま、
最後の一本のそれを口に含んだ。