日々の泡

庭に嘔吐


家族というのは、一生、離れないから楽だ。
この小さな町の中で、この狭い家の中で、妹は行き場を失い、
私に必要とされ、いつから父と母がいないか忘れてしまったけれど、
二段ベットの上で妹は、ずうっと、ずうっと、
私の為にロバの耳の穴になり、
布団叩きで打ちのめすワタになり、
男性雑誌の為の被写体になりそれはつまりご飯のカテで、
だから私は妹にイカされている。

あなたが幸福であればそれは私の幸福なのだ、と、妹は言う。
言わなかったかもしれないそんなこと。
でもそこに差異はない。
まったくない。

ああまた窓が割れている。
私は動けない妹の代わりに、丁寧に、ガラスを取り除く。
指が切れて痛かったから妹をぶつ。
妹は何も言わず、じいっと私を見る。
ぼうっぺたに私の赤い血。
もういちどぶつ。
血が線を引く
妹は痛いと言った。
私のほうが痛いのだ、と返事をすると、
ごめんなさいと謝った。

私は満足をして、庭を眺める。
窓から入る風が、
少し冷たくなっている。

夕暮れ。庭の向こうには大きなマンションが立つようで、
巨大な、ボーリング機械が、上下に、なんども、土に穴を、
深く、浅く、出たり入ったり、出したり入れたりを繰り返す。

その向こうは深い雲が、のっそりと赤い色を増す。

妹が発狂したように叫ぶ。
死んだ犬と似た。

あの名前は、ネコと言った。
母がつけた。
母は、出て行く前日、
ネコにネコイラズを食べさせ
ネコは三日間発狂して吠え回り
それから家の土間に頭を打ち付けて死んだ。

誰が、誰であれ、誰かほかのいのちを
もてあそぶことができようか。

そんな人間は死ねばいい。

ボーリングの機械がずいぶん深く入ったようで
ぐらぐらと家が揺れた。
妹が気持悪いと言った。
返事をしないまま、
妹が窓の穴から嘔吐している音を聞く。

私も妹も、幸せになりたいだけなのだ。

なのに妹は、
穴にはいりきれなかった胃液やカスが
部屋を汚した事実を悔やみ
私のせいだとガラスの破片で自分を刻み
しかたなく私はそれを止める。

愛してくれますかと聞くから
お前なぞ誰が愛すかと返事をする。

ですよねえと答え妹は
ではお金を作りますと服を脱ぐ。

ネジのようなボーリングの機械は
ぐりんぐりんと
まるで妹がひっそりと隠し持つ
何枚にも重ねた下着と下着の間に隠し持つ
アレに似た動きで振動で
永遠にも似た運動を繰り返す。

妹の体にたくさんの染みが浮かんでいるのは
じきに夏がくるからだろうか。

お前の裸はもはや汚物だと
私は静かに伝えて
煙草の火を押し付け、
灰皿で思い切り殴り、
そして夕飯の準備にとりかかった。

妹が泣きながら私の背中にむしゃぶりついている。
それを暖かいと感じながら、
どうしようもなく
それがただの温度であると認識する私。

庭の、
妹が反吐を落とした箇所に
花が
ある形をもって
いわば嘔吐のごとき
ひかりのつぶをその縁にすべらせて落とした。


20080506

http://www.toca.jp/story/post_31.html
甲斐博和
2008.05.06