洗濯物のはたはたとはためく音を聞きながら、僕は庭で珈琲を飲んだ。
二つの椅子と一つの机。机の上には灰皿も置いてある。
僕はタバコを吸わないけれど、君が残した吸い殻が三つ。
空は上等なセロファンのように、パキリと透明に青い。
君は、空は繋がっているから、会えなくても平気だよ、と笑っていたけれど、
僕はそんな風にはできていない。
君の残した吸い殻を、いたずらにくわえてみても満たされず、
僕の隣で裸足のまんま椅子の上でまあるくなって小声で離すあの声や
笑う時に浮かぶ鼻の皺や春のひだまりのような匂いや
細い肩や滑らかな肌や甘ったるい吐息や繋がっている時に零れた大粒の涙やなにかを全て
今だに痺れるように感じたまま、両手に持ったまんま、
日々に足下から少しずつ削られながら生活をしている。
全てが色褪せてしまったよ、なんて口にしたらきっと君は怒り出す。
そんなものは全て自分で決めるのよ。
ちゃんと見れば、白黒の映画だって極彩色だわ、と、
魔法でもかけることができるかのように言うだろう。
ため息をついてみる。
ぴんと張った空気に、白い煙が一瞬浮かんだ。
タバコをくわえて、大きく息を吸って、もういちど息を吐く。
どこかで子どもが泣く声が聞こえる。
全身で、全力で泣きわめく子どもを少し羨ましく思いながら、
僕は体を反らし伸びをした。
どこまでも青い空。雲一つ見えない。
首をぐるりとゆっくりと回す。
庭に知らない花のつぼみが赤く膨らんでいた。
きっと君も名前を知らないだろうから、こっそり調べておこう。
花が開く頃にまた会えるかだなんて分からないけれど、
その時が来たなら当然のような顔をして教えてやろう。
君はすごいだなんて言わなくて、花を見たまま、へえ、と、
なんでもないように答える。
そうすると僕は、すごいだろう?と聞いてしまう。
君は鼻を鳴らして笑って、すごいね、と、諦めて漏らす。
それだけできっと、とても満足なのに。
僕の吐く白い息は、君の吐き出す紫煙よりずっと頼りなく、
一瞬で掻き消え、匂いさえ残らない。
伸び切ったセーターの裾に膝を入れて、
君のようにまあるく座って、目をつむる。
飛行機の音はまるで、ゆっくりと世界を二つに分けているようだ。
あっちと、こっち。
こっちに僕はいて、こっちでやらなければならないことがある。
感傷に溺れる前にと、僕は立ち上がり、鼻が赤くなる程冷たい息を吸い込み、
鴉と目が合い、威嚇して無視をされ、そんなものだろうと珈琲を飲み干し、
勢いをつけて部屋に戻ろうとして、部屋の窓に額を思い切りぶつけた。
誰も笑わないから自分で笑った。
一度笑いはじめたらなんだか可笑しくなって、
窓に手をかけたまま、大きな声で笑った。
ばたばたと音がしたので振り返ると、
洗濯物が、一枚飛んで行った。
意思を持って飛んでいるようなそのくしゃくしゃのシャツさえも可笑しくて、
駄々をこねる子どものように体をよじりながら
広すぎる空にぼかんと吸い込まれていく自分の笑い声が、
どこまで届くのだろうと思いながら、
暖かな冬の昼下がりに、
僕は庭で笑い転げた。