私の過去の男達が私の前にきちんと列になり、 私の体のパーツを一つずつ引きちぎっては去っていく。 何を今更こいつらが、とも思ったし、 私の指やら耳やらを、何に使うのだろうと冷静に考えたりもしたが、 ち...
要らないものを全部捨てたらゴミ置き場が夢の島のようになり、 近所に住む大家がぐだぐだ言いながら出てきて、 結局トラックを呼ぶはめになった。 やっとせいせいしたと、外の自動販売機でジュースを買って帰る...
ピンク色のマフラーをぐるぐる巻きにした君は、 冬の花火ほど贅沢なものはないねと小さく笑った。 その横顔は時折明るく照らされ、低い鼻も、薄い唇も、 僕との喧嘩による寝不足で荒れた肌も、全て、ただ美しく輝...
虎を見に来たのだけれど、 レストランでホットケーキを1時間かけて食べたせいか、 入る予定のなかった子ども用動物触れ合いコーナーにいりびたったせいか、 虎のいるジャングルの檻にはもうなにもなかった。 ...
母は逃げた。 金目のものを全て持って。 それは例えば 私の制服の冬服であったり、 母が誕生日プレゼントにくれたラジカセだったり、 私が必死に貯めていた、 写真アルバムに貼り並べた500円玉だったりだ...
■登場人物 関根春吉(せきね はるよし)一週間前に死んだ父。 関根吉雄(せきね よしお)春吉の息子。 尾野あかり(おの あかり)春吉の愛人。身ごもっている。 ■ あらすじ 3月、熱海の旅館で春吉...
煙のような曲線を描く背中は 触れたら消えてしまいそうだ 痛みを感じている時だけ 生きていることが分かる と口癖のように言う君の体は 様々に醜い傷に覆われている でも 背中だけは届かないの と笑う だ...
町に数件しかない宴会場付きの旅館。海の近く。 宴会場で宴会をするお客さんが、一人一時間五千円程で呼ぶコンパニオンは、 仕事と仕事(宴会と宴会の合間)、宴会場の隣の部屋を控え室とし、 そこで休む。彼女...
また、生活 目を開けても、 窓を開けても、 足を開いても、 まだ、生活 その永遠に耐えられず私は 崩壊に向けて釣瓶を落とす 井戸は果てしなく長く 釣瓶の速度は熱を帯び 落下 そして着水 衝動 そし...
風はケダモノが叫ぶように強く吹いて 濡れた町をぎいぎいと揺さぶっている。 屋上、午後5時。私、ひとり。 嵐に身を委ね、鉛のような私の胸もろともさらわれたいのに、 44・63キログラムの私は、1ミリた...
8階建てのマンションの屋上で望月一枝は サンダルの片方をぶらぶらと右足の指に引っ掛けながら、 午後5時のスピーカーから流れてくる音楽が ドヴォルザークの新世界だということに気づいて、絶望した。 一枝...
私の兄は私に対して異性として愛情を持っているが、 それは私にとって、たいした事では無くなっていた。 例えば、私が夜中に目を覚ますと、兄がベッドの脇で私を見ていたり、 風呂に入っている時はもれなく脱衣...
絶望さえもふがいなく色褪せる5月。 夏でもないのに、放ったらかしの冷蔵庫の中身が腐っていく。 きちんと冷やしているのに、それでも少しずつ腐っていく。 冷凍庫で凍らせたものさえも、少しずつ。 色は濃く...
モモが2階の小さな部屋で 頭に載せたヘッドホンから響く、 音量を最大にした音の振動でくらくらとしながら 数時間前にカラオケ屋で知り合った男に体を委ねて揺れている頃、 1階の台所で母親のアカネは、 疲...
母が私を捨てて家から出て行ったのは私が十八の時で、 私が高校の卒業旅行に、海外旅行へ行こうとした事が原因だった。 夜の黒に沈んでしまいそうに色褪せた、観覧車やメリーゴーランド。 それらに誇らしげ...
降り続く雪は私の行く手を阻む。 来やしないバスには諦めをつけたものの、帰る気分にもなれず私は、 バス停の待合所でマフラーに顔を埋めたまま、 長靴の中、両足の指を交互に閉じたり開いたりを繰り返していた...
タバコを辞めて二日目の君はとてつもなくイライラしていて、 それでも料理をすると言ってきかず、止めても無駄だから放っておいた。 入ってこないでと言うから台所にはよりつかなかったが、 やたらと大きな音が何...
ジー、ジジジ、ジー、という音が、 コンビニの前にある青色の誘虫灯に似ていると、 そう私は呟いたがやたらに背の高いその男は何も気づかないのか、 背中を丸めたまま、ずれ落ちる銀縁のメガネを直すゴム手袋を...
無数の電線が夕暮、逆光を浴びて黒く線、線路では銀色が跳躍、 私は一人新幹線の背もたれの角度が変わらないことが気に障り、 口をへの字にしたまんま、 線路がずらりと並んだ品川駅を後に今、 たくさんの屋根や...
その女が田辺、という名字だったことを私は思い出していた。 たまに行く歯医者への道すがら、犬小屋の前で何度か見かけたのだ。 田辺と書かれた白いタイルの表札、鼠色のごつごつした壁、それから犬小屋。 私がこ...
君は、布団からまだ出たくないと、長い睫毛を伏せがちに笑っていたのだった。 東に向いた小さな窓からは朝日が、なだらかに斜めに射し込み、 清潔な白いシーツや、たくさんの古ぼけた本や、 貰ったものを捨てる...
春はすぐそこまで来ているのに、君は布団に包まったまま、 寒いと、眠い、としか言わない。 僕はその度に、紅茶を持っていっては、 まだでていないと、叱られる。 叱った後の君はちょっとだけ不機嫌になるので、...
白い机の上に張られた黄ばんだ白いビニールのテーブルクロス。 置かれた花瓶は鈍く金色に光り、 そこに挿してある昨日摘んだばかりの紫陽花は、もう腐れかけている。 日はあたらないし、塩っけのある風が肌にま...
ガランガランガラン、と、 甲高い音を立てて、寿司桶がいくつも転がって来た。 大きいもの、小さいもの、黒い塗りに赤い線、緑色の人口バラン。 埃にまみれた赤いレンガの急な坂が、ほんの少し彩られる。 そのう...
アネモネの花も閉じた真夜中、冬、花瓶の水が腐っていたことに初めて気付く。 腐った水さえ必死で吸い上げる花の馬鹿げた無垢さに、鈍い痛みを私は覚える。 どうしてこう何もかもが、私に生の素晴らしさや明日の...
手を伸ばすと濡れる。 ベランダの縁で私は トタンに雨が落ちる音を数えてみようと試みて 煙草を一本吸い切ったところで諦めた。 127。 今頃貴方は何も知らずに、 あの子の家で背徳という幸福に浸っている...
とある寂れた観光地の、 金に目がくらんだ町長が先導して行っている開発の中で潰れていく小さな旅館に しがみつくようにして経営を続ける老夫婦達に東京から狙いを定め 営業をかけていた葬儀屋の僕が 仕事を終...
わけのわからん色のジェットコースターがあるで、あそこや、 と、二時間程喋らなかった父親が口を開いた。 父親が顎で差すその先には、 黄緑色の塔にピンク色のレールが絡まるようにうねっていて、 真っ赤なジ...
バラに実がなるだなんて知らなかったと言うと、 君は、へえ、と一言だけ漏らした。 冬。 小さな古いマンションの三階。 窓は開いていて、風は静かだけれどもとても冷たくて、 何故か袖無しの服を着ている君の...
洗濯物のはたはたとはためく音を聞きながら、僕は庭で珈琲を飲んだ。 二つの椅子と一つの机。机の上には灰皿も置いてある。 僕はタバコを吸わないけれど、君が残した吸い殻が三つ。 空は上等なセロファンのよう...
浴槽は案外狭く、私の足は伸ばせない。 ただ、そこはやたらに深く、 腰を降ろすと頭まで浸かってしまう。 外に向かっている壁の一番上は あかりとりの窓になっていて、 そこから白い光が差し込んでいる。 も...
君が温泉に行こうと言って譲らないので、 僕等はあてどもなく、とりあえず電車に乗ってみた。 都会から離れて、建物は低くなって、空気が少し澄んでくる。 幾度かの乗り換えを繰り返し、 見慣れない色の電車に...
大きな川の名前は分からないけれど、 真夜中、それは暗くて、 黒い空が泣き濡れていた夜を飲み込み、 静かに、とても静かに流れている。 川を跨いで高架がかかっていて、 やけに沢山の電車が通る。 ここの電車...
あなたの、鳥皮をしつこく咀嚼する音が、 ついさっきまで机の下で這いつくばって無表情のまま 私に愛撫していたことを生々しく思い出させて、 私は箸さえ持てず、瓶ビールを傾け、 グラスの縁ぎりぎりまで泡が...
すぐ外の街灯が切れかけていて、 嵐の最中のように窓が瞬いている。 女は、浴衣の紐を音もなく緩めた。 あたかも重い手枷のように、 左手と共にその紐をだらんと下げたまま、 私のほうを振り向いた。 肌の色...
目を細めて川沿いを見ると 川沿いの街灯が浮いているようで 川面に写るひかりはよりいっそう揺れて 揺れないひかりと揺れるひかりを、 瞼を閉じてしばらく眺める。 柔らかく飛散。 川が石や岸を削る音が 線...
山を越える国道はくねくねと曲がりくねっていて、 その先はいつも闇。古い車の弱々しいひかりが、 埃だらけの鏡を拭ったように、木々を照らしあげる。 運転しているのは白いドレスを着た女で、 強く噛んでいる...
煌煌と輝く巨大な飛行機がまばらに並んでいる午後10時。 発着場の向こうには長い一本道があって、 その道沿いには車が並んでいる。 一定の感覚で並んだ車の中では、大概、男女が交わっている。 飛行場の整然...
マスターは新聞を枕に、 カウンターにしなだれかかるようにして寝ている。 その後ろにはやたらに大きな百合が一輪、 マスターと同じようにしなだれている。 午後五時の音楽が、あれは新世界という曲だったろう...
床の間には真鍮の一輪挿し。 その向こうには小さな明りとりの引き戸があった。 午後三時の穏やかな光は、 真鍮の縁を白くぼかしている。 花瓶には花が生けられていなかったが、 ちょうど正面に椿の花がひとつ...
アパートに戻ると、階段の脇の鉢植えの、 名も知らない花の色が変わっていた。 階段を登って一つ目の部屋に、 8時間ぶりに帰ってみるとそこは、 まるで僕の知らない部屋だった。 一人暮らしの時から使ってい...
紫色の亀の甲羅を引きちぎったような空、裂け目の中は赤。 曇天の空はその色を深めていく、午後七時。 ダイヤ、という名前のボーリング場の屋上で私はぬるいビールを飲む。 裂けた唇と血みどろの歯茎に染みいっ...
夏なのだから夏と言えばいいのに、 医者は割れた顎の合間に汗を滴らせながら、 嫌な季節だ、とだけ繰り返す。 三つ葉工務店と書かれた鏡の前には花とラジオ。 ラジオからは静かに、雑音が流れ続け...
あなたの陰茎は餌を食らう蛇のように膨れあがり私を貫通。 その快楽に微笑むあなたはとても醜くて、匂う。腐った畳と同じ。 私は得るものもなく人形のように揺れるわ。 廃工場に残され動き続ける錆びた機械のよう...
泳げないのか犬が溺れている。 口に何か骨のようなものをくわえたまま。 離せば息もしやすいだろうに、 食欲と死を並列に犬は、沈みゆく。 夏はまだ始まらない。 袖のないブラウスはまだハンガーにかかったまま...
旅館は川沿いにあるから川の音がずうっと近づいてくるよ。 あなたは寝たまま、動かず、私は自慰を繰り返す。 芍薬も枯れる六月。雨。 雨の日は外に出たくもないと、布団の上で呟くあなたを、 舐めてみる。少し...
女が飼っている犬はつがい。 名前はマルコとポーロ。 目やにだらけのでかい目がよっつ。 よく吠える臆病な犬だ。 子どもが出来ると餌が増えるからと 女はライターで二匹の性器を去勢した。 女はアパートに住...
夜、雨が泣き止まず午前2時、私はベランダで、煙草に火がつかない。 広い川の向こうでは、同じような団地が建ち並び、そのあかりは整然。 部屋ではあなたがひとり、コップを一つずつ、叩き壊している。 私と暮ら...
台所はとてもちいさいけれど、 椅子を二つおくことはできる。 緑色の椅子と茶色い椅子。 赤い台には二つのコップ。 二つのコップの色は透明。 机の上には、干物のげそが数本。 姉がそれをくちゃくちゃとかんで...
家族というのは、一生、離れないから楽だ。 この小さな町の中で、この狭い家の中で、妹は行き場を失い、 私に必要とされ、いつから父と母がいないか忘れてしまったけれど、 二段ベットの上で妹は、ずうっと、ず...
やたらに甲高くて猫のような 犬の鳴き声が耳から離れない。 あれの名前はなんだったろうか。 緑のベロアのワンピースに黒い靴下の 歯並びを矯正している女の子は 鳴くな、煩い、と、 犬が泡を吹くほど紐を引い...
050104 額に大きなコブがあるから 周りの人間は君をヤコブと呼んだ。 ヤコブは男であったはずなのに 女の君をヤコブと呼んだ。 「あえあ」(慣れた) と、小学生の頃に教師の貧弱なモノを舐めるよりも...
昨日の雨でまだ少し湿ったままのベンチに座って煙草を吸っていたら、 初老の、ピンク色の帽子に紫の髪の女の人が、ここは禁煙よ。と言った。 「そうなんですか?」と聞くと、 「ほら」と指差すその指には チョ...
ぶしゃり、と音を立てて男は庭につっぷしたまま動かない。 早咲きの紅梅を雨が散らしてその匂いもぽろりと落ちて でもすこうしだけ匂う。 男の短い髪の毛にこびりついた赤黒い血も流れ黒が艶、 でもすこうしだ...
午前0時。 今日も新しい日がはじまりました。 まっしろな一日に、素敵な色を塗りましょう。 やたら油っこい肌をした男が笑顔でしゃべるテレビを消して 君はちょっと出てくると行って出て行った。 立ち上がっ...
東京に雪が降って、僕の家の前は真っ白に被さられていて バイトに行くために自転車を引っ張りだしたけれど 10メートルも行かないうちに 雪にむりむりと阻まれて進まないことに嫌気がさして 橋の真ん中で自転...
鳩時計は三時を打った。 鳩は出てこなく、鳴き声だけが響いて消えた。 見知らぬ駅の待合室のただ一つの窓の下に女は座っていた。 金も切符も持っていなかった私は 車掌に無理矢理降ろされ、改札を出てすぐに左...
ため息をつくと埃が舞った。 正午の鐘がへたくそな鼻歌のように鳴り響く。 あなたは布団にくるまっていて動かなくなっていて、24時間とちょっと。 来るなというから来なかったけれど、携帯も何も通じないから...
かん、と音がしそうな青空だね、 と言って君はおおきくのびをした。 ピーカンのカン?と聞き返したけれど返事はない。 僕は一人頷いて煙草の箱に手を伸ばし、 君がおろしたてのノートに書いた書き初めが 禁煙...
外は嵐。 誰もいないはずの小屋の中で 兄はただぶら下がっていた。 その梁か、その綱か、軋んだ音は左右に揺れる。 きいきい、きいきい。 それを見上げている妹の頭の中にはうさぎが二匹、 交互にブランコを...
まだ少し長かったけれど、 僕は思い切りその煙草を地面に投げ打った。 それはパチンと弾けて火花を散らす。 冬の手前の冷たい空気に小さな夏の色が光る。 「綺麗。」 そういって君は笑った。 見慣れない眼鏡...
デパートの屋上は 乱雑に植えられた観葉植物が落とした 枝葉が騒然としているように散らばり それは多分あの管理人が 子どもの悪戯で外に飾っていた千羽鶴に ついてしまった火が炎になり プレハブの管理室ご...
工業道路、と書いてある長くて広い道をひた走る夜中の二時。 あなたはまだ少し火照った頬を冷やすように、 窓を開けてばばばばばと全てを揺らす風を招き入れている。 外には、無数の煙突が流れゆき、その向こう...
夏 貞雄の祖父はきれいにはげ上がった頭を揺らし、 一つずつ煙突の梯子を登っていた。 ぶかっとした黄色と緑色の縞の寝間着から、 にゅうと突き出した骨張った腕が 交互に細い金属の梯子を掴んでいた。 とい...
そう、送電線がね、と、 振り返って電車の窓を見たまま、彼女は言った。 僕には彼女の横顔しか見えない。 きれい、とつぶやいた女の子に無理矢理ピアスを、 それは確か鳥と蛇のアイノコの、奇妙な、やたらと光...
君は、まだ短い二本の鹿の角を 小さい手でしっかりと握り、 鹿の背にまたがり よたよたと歩くその茶色に白い斑の動物の なにか大切な荷物のようにのっかっている。 平日の公園には誰もいなくて 鹿とロバのい...
ごうごうという音が桜の、 残り少ない花びらを散らす四月のちょうど真ん中の夜。 雨はやんで空は夜明けのように白んでいたが、 風は一向にやむ気配はなく、 台風の残り香が、 再び吹きすさぶ前に息をひそめて...
冬のわりに暖かい朝だったので僕らはふたり、 布団を引きずり、縁側にそれを敷き、 もういちど横になった。 昨日、馬が家の垣根に突っ込んだから 垣根には大きな穴が開いている。 馬はあのとき とても濡れた...
雨はもう春の匂いがして、夜。 白く光る雲が千切れていくのを眺めながら まるでそれがいなくなった猫との別れのようで 口の中が乾いていくように思い出しながら、午後の九時。 私は手にしていた黄色いビニール...
黒い道が瓦礫の川のように見えた午後十一時四十分、 僕は自転車を止め、そのいくつかの作業灯に照らし出された、 舗装道路の敷き直し工事を見ていた。 分厚いコールタールを、 枯れた橙色の、無遠慮で力強いシ...
川縁の朝六時半、ぴんと張った冷たい空気を見渡す。 大きく息を吸うと鼻の奥がつんとして目に涙がじんわりと溜まる。 私は母親の赤い自転車をこぐ。 ぐらぐらとゆれるサドル、ぎちぎちと鳴るペダル、きかないブ...
関東から北陸にかけて大きな雨雲が冷たい雨を降らせている。 日本を縦断している大きな雲がゆっくりとうごいているところを想像すると なにやら自分がとてもちっぽけに思える。 この小さな木造二階建ての、姉と...
空中で止まることができるはちどりは ほかのどのとりとも飛び方がちがって もの凄いスピードで羽を動かし続ける。 「こんなにたくさん動かすのは、損だよ。 それに餌だって、こんなにがんばって、蜜でしょ?...
子どもが一人緑色の長靴を履いてずり落ちかけた大きな眼鏡を 何度も持ち上げながら見ているのは ごうごうと音を立てて流れる大きな川で 子どもはネズミ色のセーターと水色のセーターと茶色のベストを着て、 び...
ここは地獄、あんたは鬼。 人間が、この地獄で、どうやったら幸せになれるのよと 折れた奥歯を吐き出して、 痛みに耐えながらそれでも残った歯を食いしばって 女はつぶやいた。 じゃあ出て行けというとここ...
夜も八時をまわったっていうのにちっとも暗くならない。空には低い雲がそのはしっこまで広がっていて一様にうすっぺらくて鱗雲というんだそうだがちらりとつもった雪のような質感が広がっていてそれらがどうにもた...
乳房がないの、それはえぐられたから、と言っていた。 白いTシャツを着ているからそのえぐれた穴が透ける。 ここから出られないから助けて欲しいと 女が私の腕を掴んだのは生理用品が山と積まれた区画で 間に...
もつれるペダル気だるい足きしむ鉄の鎖 まだ白くならない息をゆっくり吐いて大きく吸って 見上げた電線のその多くが過ぎていく黒いまま たまに光を浴びてきらりとひかるひからない連なって それはなにか道を教...
黒い闇に浮かぶ白い波はやけに眩しくて 私は目をあけていられない。 服は取られた。 素裸で泣く事も忘れ帰らないあの人の事は忘れられず鉄工所の、 あの血の匂いが太く黒ずんだ脂ぎった指が忘れられず 愛とか...
女の子が泣いていた。 小さい女の子が小さいワンピースを着ていて それは湖のような青色で 真っ白いタイツと 花柄の靴をはいていた。 女の子は橋の向こうにいる 男の子が意地悪を言うのという。 男の子はこ...
火事は女を焼きつくした。 炭のカスと化した女を足で踏むと まだ骨は固かったようで ぼりっとした感触かもしくは音が足の下で発生した。 水は好きだが火は嫌いと言っていた女だけに その苦悶を想像するだけで...
午後六時がずっと止まらないからいや 午後六時がそのままで動き続けるから どこで何をしても意味が無い事を理解。 あなたが犬を探しに行くと言ってから五十八回目の午後六時。 それが嘘だと原子の単位で分かっ...
君はベッドの上で動かないまま。 僕はその横の机に座ったまま、 飲めないお酒を無理して飲んでいる。 夜は淡々と、 テレビもラジオも町の音も無いこの部屋に溜まっていく。 時計の針がやたら煩い。 僕の気持...
町の外れの小さな森に住む、まっしろな小鳥は、 小さいからコトリと呼ばれていました。 コトリの目はつややかな黒い色で、 ビーズのようにくりくりと丸く、 くちばしは、桃もかじれないほどに柔らかく、 翼は...
冬のように全てを真っ白く覆って、 なかったことにしてくれないから夏は嫌い、 と君は呟いたけれど、 僕はなにも気の効いた言葉も思い浮かばず、 小さな屋上庭園のベンチで二人は、そのまま黙りこくった。 暑...
女は家を出たかった。 四畳半一間、 隣の老人の咀嚼音まで聞こえる薄い壁、 水が溜まっては腐りゆく狭い台所、 廊下から覗かれる風呂場の窓、 其処此処に染み付いた油の黒。 女は生活を捨てたかった。 繰り...
マイウエイ、と歌っていたように思った。聞き間違いかもしれない。 あんな老人が英語の歌なんて歌えるわけがないのかもしれない。 銭湯の煙突の一番上から地面に叩き付けられるまで僅かに四秒。 その短い時間に...
目の前でバスが発車していくのを見送った。 あの運転手は挨拶してくれないから嫌と君が言ったから。 別に時間はあったし、急ぐ事なんて何一つないから、 僕らはもう一度ベンチに座った。 バス停の蛍光灯がちか...
人に忘れられたように静かだった町をすり抜け、国道を渡り、 僕らが浜辺についた時にはもう日が落ちかけていて、 砂浜には馬と鳥のお面をかぶった男の子と女の子だけで。 馬をつける方は四つん這いで駆け回り、...
私はよく夢想します。 夜が更けても帰らぬ母が、道ばたで強姦されていて、 自分の汚い薄茶色のストッキングを口に詰められ、 初老の男に組み伏せられて涙を流しながら しかしながらその腰をなめらかに振ってい...
向こうに座っている女が股ぐらに傘を差し込んでいるのを見て、 ああ、羨ましい、と思った。 深夜のレストランには客は殆どいない。私と、彼女と、 反対側でタバコを吸う男。 まだ新人らしいウエイトレスが自動...
割れた電灯がならんでいる ガラスはもう残ってない。 町の掃除屋が ゴミと一緒に持っていったよ。 機械で出来た猫が3匹 横に並んで歩いている。 曇天の下 水たまりで動かなくなった 機械で出来た猫が3匹...
ひくひくと痙攣しながらよだれを垂らす熊を見て 狩人はそのつややかな毛並みの上に嘔吐する。 耐えられないのは生命の力強さ。 もっとあっさり死んでくれればいいのに。 もっと苦しまずに死んでくれればいいの...
小さい女の子の泣き声が響く。 3番団地と4番団地の間は鼠色のコンクリートで埋まっている。 コンクリートはところどころひび割れ、そこから緑色が這いだしている。 息を止めてみる。景色が止まったような気に...
休日の小学校には誰もいなかった。 宿直室と書かれた部屋には 毛布に包まったおじいさんが寝息をたてている。 僕らはその寝息を真似しながら校舎の中へと進んだ。 廊下は薄暗くて長くてどこまでも続くようだ。...
二人は坐ったまま。 お茶も出さない妹。 煙草を煙らせる姉。 姉がなんで尋ねて来たのか妹はまだ知らない。 妹に持って来たひよこの形のおまんじゅうは 妹の嫌いなものだったことを姉は忘れていた。 昨日も一...
おう、その小さな目に映るのは この世の全てのうつくしいもの。 おう、その小さな顔を翳らせるのは 現実という重力に振り下ろされる鞭。 痛みを感じればきっと 君は幸福になれるよと 君が信じる教祖は言う。 ...
貯水池の壁は丘の上に建てられていて、 その丘の斜面には一面につつじが咲いていた。 まだ五月なのに日差しは強く、 赤色のつつじの花弁を透かし 大量に茂る葉の緑を色濃く太らせていた。 日曜日だから給水所に...
錆びて腐ったトタン板にもそれぞれの色は残ってはいるが、 一様に褪せきってそれらはただの茶っけた残骸で、 それでもそれらはそれらが鮮やかであった時間にしがみついていた。 小さな入り江では ピカピカの車を...
夏でもないのに海でもないのに 斜視の男が半裸になって湖の岸で水に浸かって何かを叫んでいる。 体は斜めになっているけれど、案外まっすぐに見えているのかもしれない、 とボート乗り場でビールを飲みながら 来...
俺の全ての引き出しという引き出しを開け広げたまま 女は人形のようにぐったりと寝転んでいて、 そのプリーツの多いピンク色のスカートが ぶっくりと下品にふくらんだ八重桜のようだった。 割れた窓で切ったの...
部屋に鍵はついていないけれど 私は布団の上で動かない。 町では大掛かりな区画整理が続いていて、 時折甲高い音を立ててなにか大きなものが倒れる音がする。 その純度の高い破壊音は 私を幸せ...
町の果ては海だから、 それは果てではなくて どこかと繋がっていて、 だからこの町は とても広いのよと 君は僕の後ろで 座布団を取り付けた荷台の上に坐り、 チョコレートを頬張りながら喋...
木蓮の花が下品なほどに大量に咲き乱れる真下は袋小路で 白い花びらはすでにいくつも落ちていて その中のいくつかは腐って黄ばんでいた。 季節の変わり目の少し肌寒い良く晴れた昼間の空には アドバ...
煙草の空箱の中を何度も覗き込んでいる男の 腕時計が止まっている事に気付いたが、 それでいいのかもしれないと思った。 男は、汚れたズックとチェックの上着のまま、 午後二時、 男の母の骨を箸...
岬からは労働にまみれ汚れた古い船が 横たわるように並んでいるのが見える。 岬の、一番端に位置するレストラン岬は お客が多いときだけ回転する展望台にもなっている。 誰も他にいないからレスト...
ああ、窓に虚ろにうつるのは季節のかけら。 それは枯れゆく冬の花。名前の分からない冬の花。 窓の外、背の高い木の枝についた枯れゆく花が ものもいわずに立っている。 その向こうには大きな工場...
全てを知る事になるお前の落胆と絶望まで残り二時間。 まだ桜も咲いていないから 全てを終えるには丁度いい。 雨が梅の花を落とす。 紅色と桃色と木蓮の色。 昨日までふかふかと咲き乱れ暖かい...
丘の上では喪服を着た女が五人、 細長い木の椅子に並んで腰掛け、 弁当を食べていた。 丘の上には桜の木が三本。梅の木が四本。 桜の下は猫の墓場になっているらしいと 笑いながら髪の毛の短い...
生クリームには眠くなるくすりが入っている、 と口の端に白いクリームをつけたまま、 二人とも同じように右側につけたまま、 お皿の上の生クリームに埋もれたいちごに手を伸ばすようにして 寝ついて...
「お引っ越しですか?」 縁側に大量の荷物を広げて途方に暮れる、 いつのまにかずいぶんと痩せていた大家に尋ねた。 「去年の冬に母親が死にましてね。」 その死を知らされるほど近しい関係ではない私に ...
「あれはねえ、喋れないんじゃないんだよ。舌が足りないのもあるけどね、 ただ頭が足りないだけなんだ。脳みそだってね、 小ちゃい時からそれこそこのくらいでね、」 ひび割れの目立つ浅黒い拳を俺...
井戸に滑り落ちる蛙が 必死で内壁に擦り付ける吸盤の音が聞こえるほどに静かな夜、 女は仰向けのまま手と足とを短い縄で結ばれ、 反り返った姿勢のまま 目の届かない自分の背中に 赤い蝋が垂れ...
未だ、小鳥が膨らむほどに寒い。 遮るものが無い陽の光は庭に垣根の影を落とす。 ストーブの熱で窓についた水滴が垂れ落ちる。 その音を聞きとるくらいに耳をそばだてる二人。 一人はマルコで、...
犬だと思っていたが女の子だった。 でも女の子は俺の犬になった。 イヌ、と俺は呼び、イヌはその音を耳にして笑顔を見せた。 その肢体で汚いものを覆い隠そうとする手持ち無沙汰の神の いぼだら...
夜の町を赤い首紐をつけたままの白い犬が駈けている。 ピエロの化粧がどろどろに溶けたまま、酒を飲みながら 客を引くストリップ劇場の看板持ちがその看板で犬を追い叩いた。 特出し SM 金髪 緊...
雪解けの雫が車の屋根に垂れおち、その鉄を少しずつ腐らせてゆく音を聞く。 きりきりと寒い夜の闇に目をつぶされたように 何十匹もの白い羽虫が殺虫灯にふらふらと近寄り 焦げてぼたぼたと落ちている。...
君が寝込んで二日目の朝、ヨーグルトとリンゴを持った僕は、 君が気付いてドアを開けるまで二時間待った。 潤んだ君の目としわくちゃのパジャマを見ると何も言えず、 おはよう、とだけ言った。 早過ぎ...
女の匂いは甘く、砂糖よりもずっと甘く、 砂糖よりも甘いものを知らない俺には形容のしようがなかった。 多分死んでいる女の 肉体は冷たく、 しかし老人のそれのように 酸っぱい匂いはせず、 生々しい肌...
風呂にハチミツを溜めた君は入るきっかけを失い、 風呂釜の横でハチミツをいじくっている。 小さな手でハチミツをすくい、 右手から左手 左手から右手へと ハチミツを垂らし、 こぼれ落ちるそれを懸...
マルコは二人いる。 同じようなおかっぱで、 同じ柄のシャツと同じ色の半ズボンをはいている子供だけれど、 二人は少し違う。 同じように黒目がちで伏せ目がちで猫背で 同じように口を尖らしてチュッ...
夜の町のあかりを橋から眺めると静かな川にもそのいくつかが映る。 人の姿は見えないから誰もいないようにも見える。 ただ町がひっそりと呼吸しているかのように、あかりがまたたく。 ぱち、ちかり。ぱ...
鏡のように女の唇が光っている。 今しがた舌でゆっくりと舐めたから。 「この町で暮らすってことはさ、 あんたはあんたの足下に墓を掘っているのと一緒。 なんていうんだっけ、こういうの。 ぼ、ぼ、なん...
冬の夜 ヤコブと公園の桜の木の下で 花びらの散るさまを ずっと見ていた。 ヤコブは、弱々しい月の光に ぼんやりと白く光る花びらが 積もっていくのを一枚ずつ数え 両手で足りなくなると俺...
水滴が涙のように窓をつたい続ける 女は何も喋らない。 二人の間で火がついたままの煙草の煙が揺れる。 居間のストーブの上でやかんの蓋がかたかたと音をたてている。 向かいの工場の機械がたてる歯車の音...
白鳥の近くに寄ると薄汚く、腐った水の匂いがした。 そんな事を知ってか知らずか、 君は橋の上でカメラを持ったまま両手を振っている。 沢山の白鳥を集めるために渡された餌は 二匹目の獰猛な白鳥に全部食べら...
緑色のゴムで出来たサンダルが一つ道路で車に轢かれている 近くに住む老人が忘れていったのか彼が車に轢かれたあとなのか。 交差点でいつも夕日を浴びていた犬と猫という看板がなくなった。 犬と猫...
コーヒークリームは甘くないのに クリームを入れたコーヒーは甘い。 僕らが禁煙を初めて十日目、 台所のテーブルの上で僕は 蜜蜂のクリーム入れを発見した。 どうしてもコーヒーを飲み交わしたい気分...
向かいの家の庭には猫がたむろしている。 ぶちがおおい。ぶち猫達の庭。 多分君が窓からほおり投げるおかずのせいだ。 ぶち猫が好きなおかずばかりをほおり投げるからだ。 でも今ぶち猫たちは困って...
地平線が定規を当てたように真っ直ぐなのは 地図の上だけであって 光と陰と湿度によって蝋燭の炎のように 揺らめいているのは 決して俺の頭の中がゆらゆらと揺れているからではない。 まぼろしのほんとう...
鈴を尻尾につけた名前の分からない 血の混じりすぎた駄犬が駈けている。 りんりんりんりんりんりんりんりんりん 近くにくれば大きく 遠くに行けば小さくなる音は 積もるだけ積もった記憶のようだ。 ...
煙突にぶら下がっている縄は 臆病だった工場長が 初めて勇気を見せて ぶら下がったものだから 今も外さずにある。 小さな工場長の 小さな事件は それなりの額のお金を発生させ 工員達は 一週間 毎日...
額に大きなコブがあるから 周りの人間は君をヤコブと呼んだ。 ヤコブは男であったはずなのに 女の君をヤコブと呼んだ。 「あえあ」(慣れた) と、小学生の頃に教師の貧弱なモノを舐めるよりも 噛み...
すたんすたんと雪どけのしずくが垂れる午後 僕は犬を連れて外に出た。 しずくの、均等な間隔の音に興奮していた犬は 雪には凍った部分もある事を忘れていたようで 勢い良く転んで首紐で窒息しかけた。 し...
池は広く、 太陽の日差しを受けて 宝石を振りまいたように輝いている 平日の 誰もいない 午後の公園でまどろむ 目をつむったまま 楽しげな子供の声と 力強く飛ぶ鳩の羽音と ゆったりと町が形を変...
障子を開けると月の光が部屋を照らした。 縛られた痕は赤くてなめかしくて可愛い。 緊張と苦痛に固くなる表情と突起を 繰り返し眺めたくて 緩める縄と鞭。 一瞬の安堵と弛緩が ゆっくりと目に映り 頭の...
蜘蛛が器用に糸を紡ぎ罠をはっていたの。 太い柱を渡した歪んだ天井の隅で カスのような生き物の汁をすするために けんめいに白く細い糸を吐き出しているの。 完璧に着付けた黒い着物を崩さないまま 女は白い...
町の並木は枯れ果てていて、鹿の角が並んでいるようだった。 ときおり通るバスには殆ど客はいなく、 ましてやこのバス停では誰も降りない。 せせらぎ公園、と書かれたオレンジ色のバス停の看板。 公園...
男は 川に沿った 細い道を 心臓を落としたかのように うつろに 進む 畜生、 と繰り返し 口から漏らしながら 進む 川は止まっているかのように 静かだ 街灯がないから 川は黒く滑らかに動く ...
南の こうこうたる 十字架のある土地の 長く静かな道路の上を 一匹の豚が 悠々と 四つ足で 進み 立ち止まり 進み 糞を垂れ...
人生は大きな糞よ。 私たちはそれを、少しずつ齧りながら生きているの。 テレビで女がそう呟いた。 床の間に置いた赤い小さなテレビいっぱいに女の顔は移されていたので その染みや開いた毛穴や化粧の...
医院はもう医院としては機能していなかった。 白かったはずのモルタルの壁は黄ばみひび割れていて 窓には棚の雑誌が積み上げられ外は見えず 緑色のリノニウムの床の四隅は剥がれ虫の固まりが見え 診察台の合皮...
黒い服といくつかの真珠をつけた八人の女がゆっくりと、 静かに進んでいた。 一番前の女は ごつごつとした顔の男の黒く縁どられた写真を持っていた。 丘の上のホテルに向かう急な坂道を女達は登っている。 昼...
どれも同じにみえると言ったら君はカメラで俺をぶった。 壊れたカメラよりもずっといいカメラを買う事になった。 町にはこんなに必要なのか分からないくらいに給水塔がある。 だいたいが錆びている。 だいたい...
電話も手紙も絶えた。 何度ポストを見ても連絡はない。 でもポストの数が多すぎてどれがほんとうか分からないのがほんとう。 ポストは全て1列に並んでいる。 ガラス張りの部屋の中の風景のように永遠に続く。...
何も着ていない女が ただっぴろい公園の中、 やたらに太い木の根元で 大量の落ち葉にまじって 誰かの忘れ物のように うつぶせに寝ていた いや、 目はつむっていたけれど横になっていただけだった 左手には...
夜の海をなめちゃいけない、 とサウナスーツを着て砂浜を走っていた 汗だくの太った中年の男性に言われるまでもなく、 でもなめてかかってはいけないのは山だと思うけれども、 季節外れとは分かっていたし僕ら...
箱の中から見えるのは雨の雫の垂れ落ちる様。 鉄の固まりのその箱についた唯一のガラス窓は紫色に透けていた。 手足は全く伸ばせない。 服を着ていたはずなのに無い。 胎児のように体を縮め、外を見る。 はら...
日曜日に本格的に冬が来るとのことなので 二人であたたかなコートを買いに行った。 クリスマスまではまだ随分時間があるのに デパートの中は華やかに飾られていた。 エスカレーターで一階ずつ登るたびに あち...
花が黴びていた。 花瓶の水はとうに涸れその中にはきっと砂漠が広がっている。 砂の代わりに全て色が違う小さな種子の砂漠が広がっている。 そこでは小さくて醜い駱駝が種子を何度も咀嚼し続けている。 その上...
鉢の中に土を入れ、 水を入れると土の色がずっと黒くなってとても綺麗。 あなたはベランダの私を、 水を入れ続けすぎて手も足もベランダも濡らす私を なにも言わずに、 窓も閉めたまま、カーテンの隙間から覗...
なにかビンゴか何かを盛大におこなっている 老人だらけのダンスパーティーの やたらにスモークの焚かれた舞台の上で 呆けたように見とれて、 確実にペアとなっている老人達の 着飾った衣装のちぐはぐ具合に見...
穴を狙え、 というピンボールマシーンが詰まっていて 玉が出なかった。 思いっきり揺らしたら警報がなった。 振り返ると君はいなかった。 規則正しく並んだピンが倒れる音や 爆音のアメリカンポップスにまみ...
右も左もただただ乾いた砂と白い壁のこの町で 動くのは痩せこけた犬達だけだった。 町に住みついた異常な熱風は一人ずつ、 人間も動物も年寄りから順番に、 その全てを奪い吐き捨てていった。 草木は砂になり...
ポラリスはたぶん、宇宙的な何かだった。 それ以上の情報がでてこなかったから この話は終わりになった。 それが実在するものかどうかもわからなかった。 庭ではいつもの犬が穴を掘って潜ろうとしている。 も...
何日かぶりに晴れたので外に出た。 細い路地は まだ舗装されてないから水たまりが多すぎて、 何度も足を突っ込み、 その度に冷たい水が靴の中に滑りこむ。 くすぐったくなるが笑うのは我慢する。 もっと不幸...
意味も分からないし言葉にしたこともなかったけれど、 そこに愛は確実に存在した。 残ったのは化粧室のゴミ箱に打ち捨てられた、双子の生理のカス。 俺はそれを何度も食らう。 双子はもういない。片方は確実に...
ぬめらかな真鍮の色味の鉄でできた花瓶の中の腐った水 干涸びた赤かったはずの花弁の欠けた よろよろとひれ伏した花 抜け落ちたささくれた板と 破けた布団と はみ出た綿が重なる押し入れ すべての数が均等に...
妖艶とは言いがたい二人の女が 窓の脇の席に向かい合って座っている。 妖艶という言葉が俺の頭をかすめたのは多分、 二人とも髪に油がついているのかてらてらと黒く光り、 それがビロードのように俺には思えた...
鏡を見ている君を見ている僕の珈琲が冷めていく。 たまに窓から差し込む日差しはまだ暖かく、 分厚い机の温度を上げる。 窓の外を通り過ぎた猫の後を追って おばあさんが買い物カートに乗って駆ける。 暑かっ...
階段には靴が一つ落ちていた。 子供用の赤いゴム長靴。 落とした子供は雨の中裸足で帰ったのだろうか。 昨日までの雨で父の家の屋根の瓦が一つ落ちて、 咲いたばかりの花を潰した。 瓦の下には莟があった。瓦...
庭園には庭師が住んでいる 青いトタンと茶色いベニヤでできた小屋は便所のように小さい 所々錆びて色は剥がれ穴も空いている それでも庭師は庭園に住む 庭園は岩に囲まれ海に面している 庭園のふちから下を覗...
電車が通るたびに君の声が聞こえなくなる 高架下に座り込んだ男二人が全く同じ動きを練習している。 練習しているのかそれしかできないのか分からないけれど ふっ、ふっ、と息をもらしながら、腕と首を使って楕...
日に焼けてしまったもみじはちっとも赤くなくて 葉の先は黄色くちぢれてしまっていて 新芽なんてみえなくて しょんぼりしていることが多かった でも夏は終わる すこしずつ、すこしずつ、季節は僕らを追い越し...
熱すぎる鉄の固まりを両手で持っているから ドアが開かないノブに手が届かない 焼けてただれた手が鉄にはっついてはがせない。 この鉄は離せないほど大事な物だったかを思い出せない。 価値も見いだせない。 ...
土砂なのか泥なのかわからないけれど横になってみる。 虫と卵が浮いている。耳に入るかもしれない。 鼻で吸うかもしれない。 雨がやまないのは音だけなのか 俺の頭の中だけなのか 冷蔵庫の機械音なのか 飛行...
店の外で中年の男が二人、 潰れた座布団を乗せた椅子の上、喋っている。 僕が通ると二人はじいっと僕を見た。 歪んでいるのかドアの隙間からはピンク色の光が漏れている。 ぶつぶつがあるほうの男がくちゃくち...
繰り返す言葉の音の無意味な羅列のねじれの模索の 興奮の脈々とした確固たる放心した目玉の転がる 光の円が描いたぐりぐりと回る螺旋の渦の衝動の 純粋な前時代的な物理的な退廃と紅梅 季節の移りゆく様を延々...
夏が暑いから夕焼けがべたりとした色をしている 徘徊している老人達のにたにたした口に金のメッキが光る 引いているのは子供の入っていない乳母車 つりぼりに足を突っ込み魚を追いかけ回す俺 裸で砂場で小さく...
浴衣の裾がはだけている 浴衣の裾の奥にある●●から蜜が垂れ落ちる 一滴二滴 一滴二滴 縛られたように動けない俺を前に ゆうぜんと煙草を吹かす女の歯はヤニに染まり 闇に紛れた醜い顔は 歪んだように笑い...
ごぼりと老婆が吐いた血が床を伝って俺のところまで流れてきた。 誰も口をきかない。老婆に駆け寄る人間もいない。 電車は音を立てて、 一定の振動で旅に疲れた人たちを眠りにつかせながら 次の駅へと走ってい...
窓から見える山には風が吹いていないように見える。 朱色に見えるのは多分窓が朱色だから。 窓の半分は銀紙で塞がれ、半分は朱色。 畳は腐っていて大家の足がずぼりと埋まったのを覚えている。 もうずいぶん昔...
花をつまみ上げたら花瓶が倒れて粉々に割れた。 先日貼付けて直したばかりだった もう直さない 割れたかけらを一つずつつまんで袋に詰める 全て壊れる 手にするものは全て壊れる 雨が止まないから雨だれの音...
言葉が足りないと頭を殴られ 見た目が悪いと手足をもがれ 笑顔が醜いと家を焼かれ ふくろうのけたたましい叫びで耳が痛い 海が広すぎて深すぎて声も届かない 頼みの目がしゅうしゅうと煙を噴いている だから...
土地よ痛みを負え 無垢な顔で全てを育んでいるような顔をするな お前が作り出すそれらはただただ汚く、臭い ...
鳥を掴んで放さない女と向かい合って座る俺。 旅館の名前は椿。 駅の名前は忘れた。 ゴミしか打ち上げない海辺で 斜めに建てられてしまった豚小屋のような旅館。 入り口に大量に並ぶこけしは妙にてらてらと脂...
からころから からころからから トマト缶を蹴る男の子のほ頬はとても赤くやわらか 向かう先は浜辺 きらきらと光る移動式の遊園地 握った手を離さないまま、 彼女は左の胸が少しだけ大きいの、 と呟きました...
紐で繋いだ人形の束を持ち歩く小さな女の子。 下のほうの三体は地面に擦り付けられている。 一つは黄緑、もう一つは朱色、もう一つは黒。 コールタールでできた道路の上で跳ねている。 くるくると丸まっていた...