よもやま

譲り合いは時として膠着

月末までにどうしても出したかったものを
なんとか出せて
でもまだまだ急ぎでヤラねばなことはあり
自分を褒め称えるのもそこそこに
レッドブルを買いに行った深夜。

レッドブル50円安い、エナジーコーラで手を打つ。

コンビニから出ようとして、
ドアの向こうから杖をついたおじいさんが歩いて来るのが見えた。
そのコンビニのドアは自動扉ではないので、
ドアを手前に引いておじいさんを待った。

お爺さんは僕が開けたドアと
反対のドアの前で、何故か立ち止まる。

僕が出ると思っているのか?
それともこっちのドアでだけ出入りしたいので僕が邪魔なのか?

ドアの向こうとこっちで、しばしの見つめあい。
僕が差し出している、どうぞ、という手にも目もくれず、僕を見ている。

ちょっと笑いそうになってしまい、会釈をして先に出る。
振り返ると、お爺さんは僕が開けた方のドアが閉まるのを待って、
それから、よっこらせとばかりに押し開けて入っていった。

どんなこだわりか分からないが、
人の手を借りたくない類の人もいるだろう。
でもせめて、そうならそうと言って欲しかった。

近所のおばちゃんですら、
最近は挨拶を返してくれないことがある。

誰も彼もが信用しあえず、
世の中、上層部は、民の意見なんて無視して
ビシバシ入れ替えて隠蔽して誤魔化してご満悦。

日本中が、ノーコミュニケーション。

その波にだけは、乗りたくない。

http://www.toca.jp/days/post_419.html
甲斐博和
2011.09.01