久しぶりに映画に衝撃を受ける。
これだけ不幸が世界に渦巻いているからこそ
これが現実だとばかりに不幸を叩きつけるような作品を
僕自身が作ろうとはあまり思わないのだが、
それでも力強いものは凄まじい、と、改めて思った。
「POSSESION」
背景には政治的だったり宗教的な思想が見え隠れするのだが、
隠された比喩よりもむしろ、眼に見える演出の細々。
台所で肉をミンチにするだけで見えてくる精神状態。
卵と牛乳にまみれ転げまわる、一有名女優がここまでいくか、という狂気の果て。
ぶっ飛んでいく会話や動きも、そこに脈々と流れる必然性によって導かれていく。
演出とセリフの精度。グリム童話のような湿り気のあるディティール。
突拍子の無さもあるにはあるが、それさえも腑に落ちざるをえない何か、
監督が映画に対してギュウギュウと押し込んでいる自らの感情や感覚が、
きっと詰まっているのだろう。
映画を見て心が疲弊したのは、ラース・フォン・トリアーの奇跡の海以来かもしれない。
今までは比較的やんわりと心を動かすような作品を、
と考えていたのだが、ちょうど構想中の次回作と重なって、
心を強く揺さぶる、ヒリヒリとしたものを作りたいと、
今はそんな気分だ。
でもそこには必ず希望を描きたい。
そしてこの現代において、人に残された希望とは、生き続けることと、
愛することだけなのだと、良い作品を観る度に、思うのだ。
覚書
「POSSESION」
神なんか疫病さ
疫病があるから神を信じるのだ
「ベジャール そしてバレエは続く」
過去を振り返るな。何があっても前にすすめ。
壊すことはとても簡単。難しいのは構築すること。
ベジャールは愛について、一番多く語ったわ。
人が生きていくためには愛が必要なの。
「蛇にピアス」絡みの角度
「裁判長、ここは懲役4年でどうすか?」間が独りよがりになるのは危険
「アルマゲドン」セオリーの強さ
「バーレスク」懸命さは共感しやすい 最後に詰めすぎ