最近脳死についての台本を書いていて、
壮大になりすぎたので尺の関係もあり一端頓挫して、
とりあえずコンパクトにまとめたのだが、
いつかしっかり向き合って書きたいと思う。
と思っていた矢先に、
脚本賞をとった作品だからと見たのが、
「トーク・トゥー・ハー」
もろ題材かぶった。
アプローチは全然違うのでいいのだけれど。
冒頭のピナバウシュの存在感はすごかった。
遠いのに気になるし、細いのに凛として、
でもどこかしなやかに幽玄。
なにせ顔がいい。
生き方は顔に出るとよく言うし
台詞でも使ってきたけれど、
年をとればとるほど、それは顕著に現れる気がする。
僕は彼女がどんな人か知らない。
躍りも生で見たことは無い。
でも好きか嫌いかで言えば間違いなく好きだし、
目が離せなくなるのは決して浮かび上がった胸骨のせいでもない。
肉体一つで表現することをし続けた人間の存在感。
老齢な職人にも似た、細い道をたゆまず歩き続けた人間の佇まい。
それが強烈だっただけに、3/4くらいまで、
映画はぼんやりと眺めていた。
後半、物語がうねりだすところはとても引き込まれた。
が、主人公の太ったほうをどうにも好きになれないまま終わってしまった。
その理由もまた、顔なのかもしれないが。
かぶってしまったテーマについては、
書くと長くなりそうだし、なにより作品にしたいので、
もうすこしあたためて膨らませることにする。
卵みたいだが、そういうことが必要な時もある。