12才の女の子の、スピーチに、心を動かされる。
この話には大人の知恵がはいっているのかもしれないし、
なにかしらの戦略があるのかもしれない。
でも、すくなからず、この子は12才で、
そして環境サミットという場所で、
欠席の席の方が多い大人の席の前で、
ここまでよどみなく、明確に喋ったというのは事実。
大人は、
十数年かけて培う知識と金を、
一体何に使っているのだろうか。
自分たちで金を刷っている、という余裕から、
いくらでも借金を重ねる日本。
借金を増やすために予算を組んでなんになるのだろうか。
高い、高すぎる税金はどこに消えて行くのだろうか。
100パーセント無駄としか思えない、
自衛隊と米軍基地は、いつまで日本を貪り喰うのだろうか。
一人一人の欲望を悪いとは思わない。
募金したいと思う人間がヴィトンのバッグを買うのもいいだろう。
人間は弱い。
それはどうしようもない事実。
ささいな欲望はあって当然なのだけれど、
世の中を歪めているのはもっと規模の大きな欲望なわけだ。
なにかの意思と意図を持って、
国をとりまとめるために政治の世界に上がった人間が、
巨額の、生活にまったく不必要なレベルの金に目がくらみ
金を数値としてとらえ、右に左に流していく。
すでに石油に変わる原料があるのに、
石油会社が儲けるためにマイナーに追いやられている。
環境破壊を食い止めるために、
電車やバスを使いましょうといった交通会社の社長は、
賭けてもいい。運転手付きの自家用車にふんぞりかえっている。
書くだけでも腹ただしいが、
このスピーチの最大のポイントは、
僕等が、そういった現実に嘆きながらも、
せめて子どもには素直に育って欲しいと思いながら、
でも教育ももうヘロヘロで、
教師の質も教える内容も、
手のひらの砂のように崩れているわけだけれども、
そういった、無知のままにしているかもしれないと
危惧される側の子ども達は、
案外この世の現状に気付いている、という事なのだ。
守ってあげるとか、
教えてあげる、とか、
知らせないようにしよう、とか、
大人のエゴではかるのではなく、
知性をもった小さな大人として、
子どもは自分達で知識を発展させ考えを深め、
意見を持ち合わせているのだった。
それを大人は、
大人が決めた勝手な尺度で子どもを計り、
未熟と決めつけるか早熟とあざ笑うかで
真摯な対応をとっていない。
このスピーチだって、
おおかたの大人には、「子どもなのによく考えているなあ」
で終わってしまうのではないだろうか。
もっと現実と向き合い、危機感を感じ、そして行動すればいいのに。
ほんとうにくだらない日々のニュースを見てうんざりしていたが、
ものをきちんと感じ取れて、
言葉にできる人間がいるということは救いであるし、
そしてこの子にスズキという名字がついているということは、
日本人と何かしら繋がっているのだけど
こんな人日本では見ないなあと、思うのであった。
現実の僕は、
ひまわりの種を食べ過ぎて気持悪くなりながら、
環境問題よりも目の前に山積みの仕事に追われ、
癒される為にユーチューブを見ているわけなのだが。
快晴だった日の夜は
東京といえども星が見える。
それらは街の、どんなあかりよりもきれいだ。