前回よもやまを書いてから一ヶ月。
お祝いの食事会を開いて頂いたり、
なにかと人にお世話になりつつあっと言う間に九月も末、
吹く風も冷たさを増し、彼岸花の赤い色が、
秋の到来を告げている今日この頃。
重すぎる腰がようやっとあがった。
秋に映画を撮ろうと、新橋のホルモン屋で決意し、
それから約二週間、考えがとっちらかったまま、
台本打ち合わせの前日に結果3本の台本ができあがる。
冒頭だけできていたのもあるし、
昔のものを大きく直したものもあるが、
なかなかのハイペース。
そしてどれも良い感触で、全て撮ることにした。
短編、中編、長編。
一つ一つの結果を残して、次の作品に繋がるようにしたい。
なぜなら、予算がないからだ。
とりあえず、短編。
スタッフと場所は揃ったが、あとは何も決まってないまま、
クランクインまで一ヶ月とちょっと。
九月の末までに別の文章を二つ。
がぜん忙しくなってきた。
そんな忙しさの中でさえ山の如く動かない僕を
陰ながら支えてくれるのは、
ものを書くために最近作った、
殺伐、という名のプレイリスト。
日暮愛葉からportishead経由、歓喜の歌,
マイナーからメジャーまで、
滅茶苦茶に詰め込まれた音楽達が、
僕を切なくさせてくれる。
胸が締め付けられるような感覚は、
ここ数ヶ月の穏やかな生活の中で
ずいぶんと霞んでしまっていたけれど、
やはりこの感覚こそが、筆を進めてくれるようにも思うし、
観客に対しても、残るものになっていくように思う。
今日、駅からの帰り道、
美味しいと評判の蕎麦屋の前に並んでいる親子がいた。
年配の男性と、30才位の息子。
息子は、甲高い声を上げながら自分の頭を両手で何度も叩いている。
彼の親は、「やめなさい。やめなさい。」
と、諭すのだが、その口調がだんだんと、
「やめろよ。もういいだろ。もういいから。」
と、怒りと諦めを含んでいったのだった。
どうしょうもなく繋がっているからこそ、
人は真剣に怒り、そしてどこかで、諦めたいとも思っている。
その真逆の感覚を同時に持ってしまう関係性は、とても切ない。
今回、短編は今までの中でもやわらかく口当たりの良い内容ではあるが、
それでもどこかに、人は、生活をして、関係する、という、
当たり前のようでとても細い細いラインに流れる緊張感と切なさを、
根底にしっかりと描きたいものだ。